法人にした途端、「実績ゼロの会社」になる
個人事業で数年やってきて、取引先も安定し、来月の売上もだいたい読める。取引先から法人化を求められたこともあって、思い切って会社を作った。登記も終わり、法人口座もできた。そこで運転資金の相談に金融機関へ行くと、こう言われます。
「設立されたばかりですと、決算書がまだありませんので……」
これは冷たくあしらわれているわけではありません。法人は登記した日に生まれた別人格で、個人事業として積み上げてきた年数を法律上は引き継ぎません。金融機関が普段の法人融資で最初に見る決算書が、設立初年度には存在しないのです。
では何を見て審査されるのか。設立直後の法人に対して、金融機関は「会社の信用」ではなく「代表者個人の信用」を見ます。
| 通常の法人融資 | 設立直後(創業融資) | |
|---|---|---|
| 中心となる資料 | 決算書3期分、直近の試算表 | 創業計画書、代表者個人の確定申告書 |
| 返済力の根拠 | 過去の利益とキャッシュフロー | 事業計画の数字と個人事業時代の実績 |
| 代表者個人の情報 | 補足的に確認 | 審査の中心。通帳・信用情報・職歴まで見る |
| 保全 | 決算内容次第 | 原則として無担保・無保証人の枠が用意されている |
ここで見落とされがちなのが、代表者個人の信用情報です。クレジットカードの延滞、リボ払いの残高、携帯端末の分割払いの遅延、住民税や国民健康保険料の未納は、事業の中身と関係なく審査に響きます。心当たりがあるなら、申請前に解消しておくのが先です。
個人事業の確定申告書が、そのまま法人の実績になる
法人としての決算書はなくても、ひとり社長には他の創業者にない材料があります。個人事業時代の確定申告書です。
創業融資でまったくのゼロから起業する人と、法人成りするひとり社長を比べたとき、後者が有利なのは「同じ事業が器を変えただけ」だと説明できる点にあります。すでに顧客がいて、売上が立っていて、その事実を税務署に提出済みの書類で裏づけられる。これは計画書の数字とはまったく重みが違います。
用意するのは次の書類です。
- 直近2〜3期分の確定申告書(第一表・第二表)— 税務署の受付印または電子申告の受信通知つき
- 青色申告決算書(損益計算書と貸借対照表)— 売上の推移と経費構造がここでわかります
- 継続取引がある場合の契約書・注文書
- 個人事業の事業用口座の通帳(入金の実態が確認できるもの)
このとき効いてくるのが、法人化の1〜2年前の申告内容です。節税を優先して経費を積み、所得金額を極端に圧縮していると、書類の上では「返済力の乏しい事業者」に見えます。所得税を減らすことと、融資審査で返済力を示すことは方向が逆です。法人化を視野に入れた時点から、直前期の所得をどう着地させるかは意識しておいたほうがいいでしょう。
なお、申告書と並んで見られるのが個人の通帳です。どのくらいの期間、どう資金を積み上げてきたかは、ひとり社長が法人設立の自己資金を効率よく貯める方法で整理しています。
公庫と信用保証協会付き融資、どちらから当たるか
創業期のひとり社長が使う借入先は、実質的に2つです。日本政策金融公庫と、信用保証協会の保証をつけた民間金融機関(銀行・信用金庫)の融資です。
| 日本政策金融公庫 | 信用保証協会付き融資 | |
|---|---|---|
| 申込先 | 公庫の支店に直接 | 銀行・信用金庫、または自治体の制度融資窓口 |
| 審査の主体 | 公庫が単独で判断 | 金融機関と保証協会の二段階 |
| 設立直後の対応 | 新規開業向けの融資制度がある | 自治体の創業枠がある地域が多い |
| 所要期間の目安 | 申込から実行まで1か月前後 | 二段階のため公庫より長引きやすい |
| コスト | 利率のみ | 利率に加えて信用保証料がかかる |
| その後のつながり | 預金取引は発生しない | 決済口座を持ち、将来の追加融資につながる |
利率も保証料率も制度改正や金融情勢で変わるため、この記事では具体的な数字を書きません。申込を検討する時点の最新の条件を、公庫と各保証協会の公式サイトで必ず確認してください。自治体によっては利子や保証料の補助制度があるので、本店所在地の市区町村のページも合わせて見ておくと差が出ます。
実務的な進め方としては、まず公庫に当たるのが素直です。創業向けの制度が整っていて、判断が一本化されているぶん結論が早い。そのうえで、法人口座を開いた地元の信用金庫とは、融資を受ける前から取引の実績を作っておきます。日々の入出金が動いている口座があるかどうかで、2期目以降に相談したときの反応が変わります。
公庫と保証協会付き融資を同時期に組み合わせる進め方(協調融資)もありますが、必要額の根拠が薄いまま両方に申し込むと、どちらの審査でも印象を落とします。必要な金額をひとつの計画書で説明できることが前提です。
自己資金は金額よりも「出どころ」を見られる
制度上の自己資金要件は緩和されてきましたが、審査で自己資金が見られなくなったわけではありません。しかも見られるのは残高の数字ではなく、その資金がどう貯まったかという履歴です。
通帳を数年ぶんさかのぼって、毎月コツコツ積み上がっているのか、申込の直前にまとまった金額が一度に入ってきたのかを確認されます。後者は「見せ金」として扱われ、自己資金から除外されます。親族からの援助であれば、贈与なのか借入なのかをはっきりさせておく必要があります。
法人成りのひとり社長に特有の論点が3つあります。
資本金として払い込んだお金の原資。資本金の額そのものが自己資金として評価されるのではなく、その払込資金をどう用意したかが問われます。個人事業の利益から積み立てたものなら、個人事業の通帳と申告書で説明できます。
個人事業の資金を法人に移すときの扱い。個人事業の事業用口座に残った資金を法人口座に入れる場合、資本金への追加出資とするのか、代表者からの貸付とするのかで会計上の扱いが変わります。貸付なら役員借入金として仕訳し、金銭消費貸借契約書を残しておきます。役員借入金は返済義務のある負債ですが、金融機関は代表者からの借入を実質的な自己資本に近いものとして見ることがあります。
個人事業から引き継ぐ資産の整理。車両や機材、内装設備などを法人に引き継ぐときは、譲渡なのか賃貸なのかを決め、対価と契約書を残します。ここが曖昧なまま決算を迎えると、1期目の貸借対照表が説明しづらくなります。
あわせて、法人口座と個人口座を最初から分けて運用してください。設立直後に個人の財布と会社のお金が混ざると、その後ずっと説明コストがかかります。口座の分け方はひとり社長の口座を使い分けて資金管理をラクにする方法にまとめています。
役員報酬の決め方が、そのまま返済計画になる
個人事業のときは、利益から生活費を自由に引き出せました。法人ではそれができません。社長の生活費は役員報酬としてしか出せず、しかも原則として毎月同額(定期同額給与)にする必要があり、金額を変えられるのは事業年度開始から3か月以内という制約があります。
つまり、設立時に決めた役員報酬の額が、1年間ずっと会社のキャッシュアウトを固定します。ここが返済計画と直結します。
粗利益が月60万円のひとり法人で、役員報酬を変えたときに会社に残る金額を並べてみます。社会保険料の会社負担分はおおむね報酬の15%前後、家賃や通信費などの固定費を月10万円と置いた概算です。
| 役員報酬(月) | 社会保険料の会社負担分 | その他の固定費 | 会社に残る月次利益 | 返済に回せる余力 |
|---|---|---|---|---|
| 20万円 | 約3.0万円 | 10万円 | 約27万円 | 十分にある |
| 35万円 | 約5.3万円 | 10万円 | 約9.7万円 | やや窮屈 |
| 45万円 | 約6.8万円 | 10万円 | 約▲1.8万円 | 返済原資が出ない |
数字は概算で、実際の社会保険料は等級表と所在地の料率で決まります。それでも傾向ははっきりしています。役員報酬を上げるほど、会社の返済原資は二重に削られます。報酬そのものに加えて、会社負担の社会保険料が乗るからです。
一方で、報酬を低くしすぎるのも危険です。生活が回らず会社からお金を引き出すと、役員貸付金という勘定科目が決算書に載ります。これは金融機関が最も嫌う科目のひとつで、「会社の資金が社長個人に流出している」と読まれます。創業融資を受けた1期目にこれが立つと、次の借入の相談は確実に重くなります。
生活に必要な最低額を先に確定させ、そこから返済額を差し引いて事業計画が成り立つかを検証する。順番はこちらです。報酬額と税・社会保険のバランスの詰め方は役員報酬の最適設計で解説しています。
設立と融資申請は同時に走らせる
創業融資には時間の窓があります。設立から日が浅いうちは創業案件として扱われますが、1期目の決算を終えると決算書が出てきます。設立初年度は登記費用や設備投資で赤字になりやすく、その決算書が出た途端に「赤字の会社」として審査されることになります。申請のタイミングは早いほうが有利です。
そのうえで、手続きには待ち時間があります。法人口座の開設は申込から2〜4週間かかることが珍しくなく、口座がなければ融資も実行できません。設立登記の完了を待ってから動き出すと、資金が必要な時期に間に合わなくなります。
準備の順番はおおむね次のとおりです。
- 設立前 — 個人事業の確定申告書と通帳を整理し、自己資金の履歴を確認する。設立費用と運転資金の必要額を洗い出す(内訳はマイクロ法人の設立費用の内訳と予算の立て方を参照)
- 設立登記と同時 — 法人口座の開設を申し込む。並行して創業計画書の作成に着手する
- 登記完了直後 — 履歴事項全部証明書を取得し、公庫へ申込。書き方は融資審査に通るひとり法人の創業計画書の書き方にまとめました
- 面談 — 計画書の数字を自分の言葉で説明できる状態にしておく。売上の根拠、必要資金の内訳、返済原資の3点は必ず聞かれます
- 実行後 — 資金使途どおりに使い、その記録を残す。次の融資はここから審査が始まります
面談で困るのは、税理士が作った計画書を社長本人が説明できないケースです。数字の作り方を一緒に詰めておけば、聞かれた場面で言葉に詰まることはありません。
当事務所のサポート
創業融資でつまずくポイントは、書類の書き方そのものよりも、個人事業時代の実績をどう法人の計画に翻訳するか、役員報酬と返済計画をどう両立させるかという設計の部分にあります。ここは決算を何度も見てきた立場からのほうが判断しやすい領域です。
当事務所では、ひとり社長・マイクロ法人の創業融資について、必要資金額の見積もりから創業計画書の作成、役員報酬を含めた資金繰り計画の設計、公庫との面談に向けた準備までお手伝いしています。私自身もひとり事務所の経営者なので、設立直後にどこで資金が詰まるかは体感として理解しているつもりです。
「いくら借りるべきかがわからない」「個人事業の申告書をどう見せればいいか判断できない」という段階でも構いません。初回相談は30分5,000円〜で承っています。まずはお問い合わせからご連絡ください。
